神道宗派の違い

神道宗派の違い

神道は仏教と違い、日本人だけに伝わる宗教です。人だけでなく、山や川、木や石なども神と考えられており、動物も神の一つと考えられていました。そのため仏教では信仰対象が唯一神ですが、八百万の神々と表現されるほど多神教であり、様々なものが神となります。初詣には神社に行くほど、日本人にとって身近な宗教であり、決して特別な教えではありません。意外な習慣に、1月1日の元旦は八百万の神々への遥拝、11月23日の勤労感謝の日は新嘗祭という新穀を祝う日になっています。 もっと

戦後の神道の信仰と実践

戦後の神道の信仰と実践

神道の歴史は日本人の歴史であるため、その歴史は非常に古いです。そもそも、神道は宗教的な側面から信仰の対象となっていたわけではなく、生活とともにそこにあるものとして認識されていたものです。そして、戦後にこういったことを実践できるようになったのは最近になってからです。 もっと

神仏習合 について考える

神仏習合 について考える

神仏習合は、名称にもあるように日本において存在していた神道とインドから中国や朝鮮半島を介して伝えられた仏教の各々が影響をもたらして融合し、誕生した事を指します1000年を超える長い歴史を歩んできているが故に多種多様な考え方が絡み合っているのが特徴なので、中には融合しているうちの1つである神道における大きな岩や大きな木、海などあらゆる所に神様が存在しているという考え方も含まれています。 もっと

どのお守りを選ぶべきか?

どのお守りを選ぶべきか?

よく「苦しい時の神頼み」などと言いますが、普段は神様や仏様などのスピリチュアルなことを全く信じていないという人でも、いざ、受験の前や恋人と上手く行かない、はたまた今度出産することになったなどの自分にとっての人生の一大事の際には、思わず神様にお祈りしてしまうというのは当たり前の光景です。 もっと

神道:旅人に人気の神社

神道:旅人に人気の神社

“旅人に人気の神社で真っ先に名前が挙がるのが、出雲大社です。出雲大社は島根県出雲市にある神社で、創立は神代とされています。毎年10月には日本中の八百万の神が出雲大社に集まり、会議が開かれています。神道にとって大切な中心地であるから、旅を楽しむ人にとっても魅力的なスポットです。 もっと

神道葬と死後の世界

神道葬と死後の世界

“神道の教えでのお葬式は、神道葬と呼ばれています。われわれがよく目にするのは、仏教のお葬式が多く日本古来の宗教である神道でのお葬式には、あまり馴染みがないかもしれません。神道葬は仏教のお葬式とは異なる部分があり、死後の世界の考え方や参列のマナーが異なります。基本的な神道の教えを知って、正しいマナーで神道葬に参加しましょう。 もっと

 

神道の惟神

神道とは八百万(やおよろず)の神様を信仰し、古事記や日本書紀・先代旧事本紀といった古典を神典とする日本に古来から伝わる民俗宗教です。その起源は西暦紀元前200年ごろと言われており、縄文時代の遺跡などから発見された歴史的遺物の多くにはこの考え方を持たせたものが確認されています。

そのため日本という国の成り立ちと住まわれている神々の降臨伝説が発生したと考えられており、その後仏教や道教・儒教などの影響を受けて独自の展開をしてきたため、ひとつの神様だけを信じる信仰とは異なっていることが大きな特徴です。神道は神社を中心とした国家神道以外にも教派系や民族系などさまざまな分類がありますが、何れも共通している精神が「惟神(かんながら)」と呼ばれるもので、「神の道にしたがうこと」と「自然と神の道があること」を前提として、人は自然の一員として生まれて自然とともに生きることが大切で「目の前の現実を直視して誠実に自然のままに生き、その結果を素直に受け入れる」ことを意味しています。自然に対して逆らうことができないことを神の意志と考えて、その意志に即して生きることが「惟神」の道で、教祖は存在せず自分の先祖を敬いながら先祖に感謝して知恵を感得することを実践する教えを指します。神社における神主の祝詞でよく使用される「祓い給い清め給え、神ながら守り給い幸え給え」というものがありますが、この「祓い給い、清め給え」の古い言い方が「惟神霊幸倍坐世(かんながら・たまちはえませ)」で、「すべては神様の御心に従いますので、どうぞ良いお導きを与えてください」という意味になります。他の宗教では「正典」と呼ばれる教祖の教えが書かれた書物が存在し、その書いてある通りに生きていれば生きる上での悩みや辛いことから解放されて天国や極楽浄土に行けるとされていますが、神道ではそれを「自分で探して自分で感じる」こととしていることが特徴で、その集大成が「惟神」という考え方になります。とは言うものの、神社にはご神体として「鏡」が祀られています。自然を重んじるのに何故と思いますが、「かがみ」から「が」を取ると「かみ(神)」になり、この「が」は自分のこと、すなわち「我」を指すもので、人が持つ欲や妬みなどの我の部分を取り除き、自然と一体化した時に、人も神に近づくことができるという意味になります。神主がするお祓いするときに振る大麻(おおぬさ)は、この心の汚れである「我」を取り除くための神具として使用されています。