黒住教の歴史

黒住教の開祖、黒住宗忠は、安永9年(1780年)備前国御野郡上中野村(現在の岡山県岡山市上中野)に生を受けました。現在の岡山市北区にある今村宮に使える神官の家に生まれたとのことです。その黒住宗忠は死を覚悟するほどの病を克服した後、冬至の日に行われる神道の儀式「日拝」の最中に天啓を得ることになります。

「天命直授」により生まれた黒住教

天照大御神と神人一体となったこの体験を、黒住教では「天命直授」と言います。そしてこの瞬間より黒住教は生まれたのです。黒住宗忠は、身罷るその日まで人のために祈り、教え、導いたとのことです。

黒住教は、皇室や公家にも広まります。安政3年(1856年)には公家の吉田家により「宗忠大明神」の神号が授けられ、文久2年(1862年)には京都・神楽岡に宗忠神社が建立されました。